プレッシャーに弱く、スポーツの試合や楽器の演奏、発表会やプレゼン、大事な試験や面接などの本番で緊張して力を発揮できなかった経験はありませんか。本番でも力を発揮できる仲間や同僚は強い心を持っていてうらやましいと感じたことはありませんか。
心が強い人と言えば、多くの人はプレッシャーがある場面でも緊張しない、勝負に強い、心理戦にも負けないメンタルの持ち主をイメージすることでしょう。しかし、実際にそんな人はめったにいるものではありません。そんな人をロールモデルにしても、挫折してしまう人がほとんどです。
今、目指すべきは上記の鋼鉄のようなメンタルの強さではありません。人間ならだれでも多かれ少なかれ緊張するもの、プレッシャーのかかる場面ならなおさらなのです。
自分は心が弱いから無理だと決めつけたり、弱い自分を無理に強く見せようと虚勢を張ったりせずに、別の方法を一緒に探ってみましょう。
心の強さ/弱さとは?
そもそも心が強い/弱いとはどういうことなのでしょう。人間は心が強い人と弱い人の2種類にはっきり分けられるのでしょうか。世間で言われている心の強い/弱いを問い直してみることから始めましょう。
ハガネ・メンタル(心が強い)信仰
仕事であれ、スポーツや芸術的なパフォーマンスの世界であれ、授業中の発表であれ、失敗すると自分の評価や立場や危うくなるような場面では、人はプレッシャーを感じて緊張します。緊張は度合いの問題であって、多かれ少なかれ、誰でも経験するものです。
そんな時、緊張などなかったことのように敵からの威圧に動じずに逆転ホームランを打つことができたり、最高の演奏ができる人に憧れる人もいるでしょう。このようなメンタルの持ち主のことを、ここではハガネ(鋼)・メンタルと呼んでおきます。
現実は、緊張で汗が止まらず、膝が震え、頭が真っ白になって、監督や指導者の支持も耳に入らず、練習の時はできていたことができずに悔しい思いをしている人のほうが圧倒的に多いのです。
そういう人は本番で力を出せない「心が弱い人」と言われ、ハガネ・メンタルの人と対置されてきました。そして、ハガネ・メンタルを目指そうともがけばもがくほど、汗は吹き出し、パニックを起こす悪循環を経験した人も少なくないでしょう。
ハガネ・メンタル(心が強い)一択の時代は終わった
長らく、そして今でも、ハガネ・メンタル信仰は根強いものがあります。そして、ハガネ・メンタルになれない「心が弱い」人たちは、肩身の狭い思いをしてきました。心を鍛えるといった名目のトレーニングの多くは、緊張してないかのように装ったり、緊張と闘うものが主流でした。
しかし、目指すモデルがハガネ一択では、挫折する人が多くて当然です。現在では、強さ=ハガネの強さという信仰は薄れつつあります。スポーツやビジネスの世界でも注目され導入されているメンタル・トレーニングの世界をはじめ、メンタルの強さの意味合いは大きく変わりつつあります。
その動きは、実は古くから様々な分野で探求されてきました。メンタル・トレーニングとして知られるようになったのは、1950年に旧ソ連で行われた宇宙飛行士の訓練が始まりです。
国策を背負うプレッシャーや未知の宇宙に対する不安を解消するために行われた心理的な訓練の成果が世界中で注目され、他国やスポーツの世界にも広がったのです。1957年には旧ソ連のオリンピック強化チームがメンタル・トレーニングを導入、1976年のモントリオール・オリンピックの頃から西欧諸国も導入するようになりました。
日本では80年代以降に注目されていますが、ハガネ・メンタル信仰が強すぎる日本では浸透するのに時間がかかっているようです。
レジリエンス―目指すは回復力のあるふわふわボール・メンタル
厳しいプロ・スポーツの世界では、技術だけではなくメンタルの強さがゲームの動向を左右します。
プロ・ゴルファーの横峯さくらさんは「強いメンタルを持っていないという自分の感情を受け入れ、その上で自分に何ができるかを考える」ということを言っています。
ここで横峯さんが言う「強いメンタル」には、ハガネ・メンタルのようないわゆる心の強さのことでしょう。そういうメンタルの強さを横峯さんも追及したことがあるのかもしれません。自分にはそれがないと受け入れている横峯さんの言葉には、ハガネ・メンタルとは全く別の強さを感じます。
ハガネ・メンタルは最強のように思われていますが、鉄鋼も強い衝撃を与えるとボキッと折れて大惨事を引き起こしますし、そうなると修復不可能です。
それに対してプレッシャーが加わってもそれと衝突して闘うことなく受け止め、多少へこんでもすぐに回復する弾力性のあるゴム・ボールのようなメンタルのあり方が注目されています。
ここではこれをふわふわボール・メンタルと呼んでおきますが、この弾力性や回復力のあるメンタルのあり方のことを心理学はレジリエンスと言います。横峯さんがプレッシャーのかかる場面で必要とし学んだのは、このふわふわボール・メンタルのほうだったのです。
プレッシャーがかかる場面で緊張を味方につける
メンタル・トレーニングはスポーツやビジネスの世界で注目され発展していますが、その分野を超えて教育や人材育成、個人の生活にまで幅を広げて取り入れられています。
方法は場面に応じてたくさんありますが、大事なポイントは誰でもプレッシャーがかかれば緊張すること、それを押し殺したり蓋をするのではなく、受け入れることです。
プレッシャーがかかっても成果を出す人の特徴
特徴1 緊張とうまくつきあえる
緊張は毛嫌いされがちですが、誰にでもあり、悪いものではありません。プレッシャーのかかる場面でも落ち着いて見える人は、緊張している自分を認め、それとうまくつきあえている人なのです。
多くの人は緊張に振り回されパニックを起こしがちですが、スポーツやビジネスの世界で逆にリラックスしすぎて全く緊張感がない人もよい成果を出せません。
大事なことは自分にとって最適な緊張感とリラックスのバランスがとれていることなのです。
特徴2 いつものことをいつも通りにできる
本番で力を出せない人は、本番で力を出せることを奇跡のように捉えてしまいがちです。それなのに、本番ではつい自分の実力以上の力を出そうと躍起になってみたり、神頼みをしてみたりします。
しかし、本番で力を出せる人にとっては、いつも練習や準備の段階でやっていることを、いつも通りにできることが大事なのです。
緊張を味方につける大事さについて触れましたが、本番に弱い人は緊張という要素が加わるとそれが妨げとなっていつも通りにできません。
本番に強い人は、緊張という要素があってもいつもの状態を作れるよう、技術面ではもちろん、メンタル面でのトレーニングを積んでいるのです。
プレッシャーで失敗するパターンを乗り越えるためのトレーニング
プレッシャーでいつものことができなくなる理由
演奏家やスポーツ選手は、練習を積むことで、無意識のうちに手が動いて自然に演奏やプレーができるようになります。
それが本番の極度の緊張や過去の失敗の記憶など精神的な理由で体が硬直し、できなくなることがあります。そんなとき、落ち着こうとしてプレーのフォームや手順や指の動かし方などを復習することが返って仇になることがあります。解説者がよく「この選手は頭で考えすぎていますね」と言いますが、練習で無意識でも自動的にできるようになったことは、その動作をしている間はその動きに任せるだけでよいのです。細かな手順を確認することは、その自然な動作を中断させたり減速させてしまうことになるからです。
メンタル・トレーニングでは、このように習得して自動的にできるようになったいつもの動作が、精神的な理由でできなくなることをパフォーマンス恐怖症といいます。まじめな人ほどこのような状態になりがちです。メジャーリーグで活躍しているイチロー選手をはじめ、過去にこの恐怖症に悩んで克服したという人はプロ選手にもたくさんいます。プロ選手でなくとも、分野は違っても、学校の発表や試験前、責任のある仕事などで「私も同じようになったことがある」と思い当たる人はたくさんいるはずです。
プレッシャーのかかる本番前にやることは、手順の確認よりも、自分が力を出しやすい状態-とくに緊張とリラックスの適度なバランスを作り、いつもできていることをその場でも再現できるようにすることです。
本番で力を出すためのメンタル・トレーニング
メンタル・トレーニングの手法はたくさんあり、その人や状況に応じたものを組み合わせて行うのが一般的です。ここではそれらを参考に、緊張を味方につけるためのコツを紹介します。
緊張とリラックスの最適バランスを知る
自分や周りの人が成果を出せている場面を想像してみましょう。そこには適度な緊張感とリラックスがあるはずです。そして、人間には個体差があるため、他の人が心地よい緊張感が自分にとっては高すぎるということもありますので、自分にとっての最適バランスを追求することが大事です。
それをつかむためにも、自分と緊張について普段から記録をとって傾向をつかんでみましょう。緊張した時に心身の状態はどうなるか、緊張とリラックスのバランスが取れた時はどうなるか、逆にバランスが崩れた時はどうなるか、どんな時に緊張感が最適な状況を作れるかなど、細かくメモを取り、分析してみましょう。
いつもの状態を作り出す儀式-プレ・パフォーマンス・ルーティン
スポーツ選手や演奏家で、プレッシャーがかかる場面でいつも同じ一連の動作を行う人がいます。ラグビーの元日本代表の五郎丸選手がボールを蹴る前のポーズ、イチロー選手がバッターボックスに立った時の一連の動作などが有名です。
このように目立つものではなくても、走る前に左の靴からひもを締め直す、呼吸を整えるなど、いろいろ自分なりの決まった動作を行う人はたくさんいます。これらの行為は、縁起担ぎのために行われているのではありません。
プレッシャーで緊張しても、いつもと同じプレーが出やすいように、そのプレーの前段階からいつもと同じ集中状態、緊張とリラックスの最適バランス状態に入れるように行っているのです。これはプレ・パフォーマンス・ルーティンと呼ばれています。
これらはスポーツだけではなく、受験やプレッシャーのかかる仕事など、様々な形で応用できます。ただ、何か動作をすればよいというわけではありません。普段から自分の緊張感と集中の持続の関係をよく観察し、試行錯誤してみることが大切です。
まとめ
ハガネ・メンタル信仰はいまだに根強いですが、「緊張を受け入れる」強さ、へこむけれど回復できる強さなら手に入れやすいのではないでしょうか。緊張感は誰にでもありますが、緊張感が心地よくなく、緊張に振り回されているなと感じている人は、ぜひ参考にして、緊張感と仲よくなれるよう試してみてください。